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永井 善之(刑法)

更新日: 2010.03.26

2007年4月の赴任直後から、専攻する刑法の講義・演習等を通じて、大変優秀かつ意欲的で目的意識も確固とした学生諸君の姿に接し、本学のレベルの高さを改めて実感している。これらの諸君にとって、大学にて修得した専門知識が将来の職業に直結するものであればそれはもとより望ましい現象であるが、他方で、本学部のごとく文系学部においては、そのような事例も必ずしも多数とはいえず、また、未だ自己の進路目標自体をもちえていない学生もいることであろう。しかしながら、学生生活においては、自己の将来を焦りその進路の選択肢を早急に限定するのではなく、勉学に限られない多様かつ広範囲に渡る経験を通じて、自己の本来好むことや向いていると感じられることの探求・発見にのみ時間を費やすだけでもよいのではないかと思われる。

我々の日常生活は、無数の人々の無数の仕事のゆえに成り立っている。蛇口を捻れば水が出るのも、店舗に様々な商品が並んでいるのも、送信メールが瞬時に遠方まで到達するのも、アクセルを踏めば車が疾走するのも、およそ日常生活においてごく当り前と感じられるいかなる事柄もすべて、それらに係る高度の技術を開発した研究者、それを実用化した技術者、現場でそれを建設・製造・輸送等する作業員、日々24時間そのメンテナンスを行う工夫、それら事業体を運営する経営者等々、数え切れないほどの人々による膨大な職種によって支えられている。その意味で、これら無数の、それぞれが辛い努力を要するプロフェッショナルな仕事はすべて等価であり、およそ職業には貴賎など存在しない。

よってまた、大学生をはじめとする自身の進路の準備期間にある者にも、勉学での好成績などは普遍的価値をもたない。そのような小賢しい知識などではなく、真に重要であるのは、その者自身が将来、いかなる辛さにも耐え生命を賭しうるほどに自己の職業を好み誇りをもちうるか、当該職業を通じた世のため人のための貢献を常に自覚しうるか、その職についてだけは他の追随をゆるさないと自負できるプロフェッショナルな能力を有しうるか、などである。このような自己実現が成人・社会人としての人間の客観的価値・主観的幸福であろうし、そこには生活の糧も必然的に伴うであろう。我々人間にとって、この自己実現の前提となるその者本来の進路、志すべき目標の発見は、このような目標に基づかない当座の資格取得や試験合格などよりもむしろ困難な課題であるともいいうるが、受験指導機関とは異なる大学に在学することの意義は、この人生課題の解決への糸口を獲得しうることにあるように思われる。

若い学生諸君の可能性は無限である。他でもない自分自身が志し、それに就くべき、そこにおいてプロフェッショナルとなるべき本来の進路を探求・発見し、それを実現すべく大学生活を送ることを期待する。

2007年5月16日掲載

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